【医療現場の最重要課題】暴言・暴力を行う患者の診療は拒絶できるか|医師法第19条(応召義務)の解釈

2026年08月27日

「医師法の応召義務があるから、暴言や迷惑行為を繰り返す患者様であっても、診療を拒否することはできない」——このように思い込んでいる院長・看護部長の方は、少なくありません。

実はこの理解には、大きな誤解が含まれています。

今回は、医療現場からよくいただくこのご相談について、医師法19条の正しい理解と、組織としての実務対応の考え方を整理します。

 

「応召義務があるから、どんな患者でも診るしかない」は本当か

現場が迷惑行為を繰り返す患者・家族に対しても、なかなか対応を変えられない背景には、「応召義務があるから断れない」という法律の思い込み以上に、別の事情があるように感じています。

患者様やご家族と関わってきたスタッフほど、事情や背景をよく知っています。

病状への不安、ご家族間の事情、これまでの経緯——。だからこそ「見捨てるわけにはいかない」という、医療従事者としてのプロ意識や情が働くのは、むしろ自然なことです。

「応召義務があるから」という法律上の理由づけは、実はこうした心情を後から説明しているにすぎないケースも少なくないのではないでしょうか。

ただ、この良心が個人の中だけで抱え込まれてしまうと、現場のスタッフが疲弊し、最終的には離職にまでつながりかねません。

大切なのは、スタッフの責任感や情そのものを否定することではなく、その負担を個人任せにせず、組織として支える仕組みに変えていくことです。

しかし、その第一歩として、応召義務についての正しい理解は欠かせません。

本記事は、社会保険労務士の立場から、労務管理・組織運営の観点で公表されている行政資料等をもとに一般的な考え方を整理したものです。医師法の解釈や個別の診療拒否の可否についての最終判断は、弁護士等の専門家にご確認ください。

 

応召義務とは何か-医師法19条の基本

医師法19条1項は、診療に従事する医師は診察治療を求められた場合、正当な事由がなければこれを拒んではならないと定めています。

この義務を本来負うのは医師個人ですが、行政解釈上、病院や診療所などの医療機関にも同様の義務があるものとされています。

診療契約を結んでいるかどうかにかかわらず、医療機関は原則として診療を拒めない、という理解です。

 

応召義務は「公法上の義務」であり、患者の権利ではない

ここが最も誤解されやすいポイントです。

応召義務は、医師が「国」に対して負う公法上の義務であり、患者が医療機関に対して直接診療を求められる権利(請求権)ではありません。

患者が診療を受けられるのは、この公法上の義務から生じる反射的な利益にすぎない、と解されています。

つまり、「応召義務があるのだから、患者の要求はどんな内容でも通る」という理屈は、そもそも成り立たないのです。

※以下は一般的な考え方の整理です

 

「正当な事由」の判断基準-3つの考慮要素

厚生労働省が示した通知(令和元年12月25日医政発1225第4号)では、診療拒否における「正当な事由」の有無を判断する際、次の3つが考慮要素として示されています。

  1. 緊急対応の必要性(病状の深刻度) - 最も重視される要素
  2. 診療を求められた時間 - 診療時間内・勤務時間内かどうか
  3. 患者と医療機関との信頼関係

緊急性が低い場面では、信頼関係の状況なども踏まえ、より柔軟に判断してよいとされています。

「命に関わる状態かどうか」を軸に置きつつ、それ以外の事情も併せて総合的に見る、という考え方です。

 

迷惑行為・カスハラ的言動による「信頼関係の喪失」と診療拒否

行政の通知では、診療や療養の過程で生じた迷惑行為の内容によっては、診療の基礎となる信頼関係が失われたと評価できる場合、新たな診療を行わないことが正当化されるという考え方が示されています。

緊急性がなく、他に受診できる医療機関が存在する状況であれば、信頼関係の喪失を理由とした診療拒否について、正当事由が認められる余地がある、ということです。

「一度迷惑行為があったら即座に拒否できる」という単純な話ではなく、緊急性の程度と合わせて総合的に判断される点には注意が必要です。

 

患者・家族にも「診療協力義務」がある

診療は、医師と患者の信頼関係・協力関係を基礎に成り立つものです。

診療契約上、医療機関側に注意義務がある一方で、患者側にも「診療協力義務」が課されているとされています。

暴言・脅迫・執拗な要求・不退去といった行為は、この診療協力義務や、病院が持つ施設管理権に従うべき義務に著しく反するものと位置づけられます。

こうした義務違反によって病院側に損害が生じた場合、患者・家族側が病院に対して損害賠償の責任を負う可能性も指摘されています。

「診療を受ける側にも、守るべきルールがある」という視点は、院内でぜひ共有していただきたいポイントです。

 

拒否の判断は現場に丸投げしない-組織対応フロー

ここからは、社労士として特に力を入れてご支援できる領域です。

応召義務や正当事由についての正しい理解を、実際に現場で機能する体制に落とし込むには、次のような組織的な仕組みが欠かせません。

  • 迷惑行為への対応を個人任せにせず、複数名・複数部署で対応する体制を整える
  • 患者・家族に関する情報を院内で共有し、同じトラブルの再発や部署間でのクレームの繰り返しを防ぐ
  • 警告書・誓約書などの書面を、段階を踏んで活用する運用ルールを定めておく
  • 診療記録・看護記録に、対応の経過を正確に記載することを徹底する

これらは法解釈そのものというより、「組織としてどう運用するか」という労務管理の問題です。

制度設計は、就業規則の整備や相談窓口の設置と合わせて検討することをお勧めします。

 

まとめ:応召義務を正しく理解することが、スタッフを守る第一歩

応召義務は、患者に無制限の要求を認めるものではありません。

正しく理解したうえで組織としての対応体制を整えることが、現場のスタッフを守り、ひいては他の善良な患者様への医療の質を守ることにもつながります。

 

すずえ社会保険労務士事務所では、病院・医療法人向けに、カスハラ基本方針・対応マニュアルの策定、就業規則の見直し、院内研修の講師を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

 

鈴永 眞

同志社大学法学部卒業後、中小企業マーケットに特化した大同生命保険株式会社に入社。
東京、京都などの営業拠点で販売、社員育成、組織運営に従事。
その経験を活かし、転職後は医療・サービス業を中心としたマーケティング、集客などの営業支援やチームマネジメントに関するコンサルティングを実践している。

 

不定期配信ですが、ほぼ毎日つぶやいています。
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