患者・ご家族へ向けた「カスハラ基本方針」の策定手順とホームページ・院内掲示での掲示例

2026年09月16日

「基本方針」と聞くと、当たり障りのない一般的な文言を並べただけの、形式的な文書だと思われがちです。

しかし、実際の裁判例(東京地裁 平成30年9月3日判決)では、顧客対応のマニュアル整備や相談体制の構築を行っていた事業者について、安全配慮義務を尽くしていたと評価され、責任を問われなかった例があります。

基本方針は、単なる建前ではなく、いざという時に病院を守る記録にもなります。

同時に、「何かあったら組織が対応してくれる」という安心感を、日々患者様と向き合うスタッフに与える、実務的な効果も持っています。

 

なお、前回の記事で取り上げた就業規則の改定とは異なり、基本方針そのものは労働基準法上の手続き(意見聴取・届出)を必要とする文書ではありません。

院内での検討を経れば、比較的柔軟に策定・更新できます。

今回整理する4つの要素は、前々回の記事で触れた「措置義務における基本方針の明確化」の具体的な中身にあたります。

 

基本方針に盛り込むべき4つの要素

①カスタマーハラスメントの定義を明示する

まず、自院として何を「カスタマーハラスメント」と定義するのかを、明確に言葉にします。

実際に公表されている複数の医療機関の基本方針を確認すると、いずれも厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を根拠として引用し、「患者様・ご家族からの言動・要求のうち、内容が妥当性を欠くもの、または妥当であっても手段・態様が社会通念上不相当であり、職員の就業環境を害するもの」といった趣旨の定義を明記しています。

根拠となる公的資料を示しておくことで、方針そのものの客観性・説得力が高まります。

②患者様への誠実な対応姿勢

患者様・ご家族への誠実な対応を大切にする姿勢を明記します。

これがないと、方針全体が「クレームを拒絶するための文書」に見えてしまい、かえって信頼を損ないます。

③迷惑行為には毅然と対応する旨の宣言

社会通念上の範囲を超えた言動(暴言、暴力、セクシュアルハラスメント等)に対しては、他の患者様や職員の尊厳を守るため、毅然とした態度で対応することを明記します。

ここでは、①で定義した内容に該当する具体的な行為の例を、可能な限り列挙しておくことをお勧めします。

曖昧な言葉だけで済ませず、「大声での罵倒」「正当な理由のない長時間の拘束」「無断での撮影・SNS投稿」など、具体例を挙げるほど、現場での判断基準として機能しやすくなります。

④相談・報告を推奨し、組織的に対応する旨の明記

迷惑行為を受けたスタッフが、一人で抱え込まず、上長や窓口に相談してよいこと、相談があった場合には病院として組織的に対応することを明記します。

 

ホームページ・院内掲示での掲示例

以下は、上記4要素を盛り込んだ文例です。自院の実情に合わせて調整してご利用ください。

カスタマーハラスメントに対する基本方針

当院は、患者様・ご家族に対して誠実に対応し、これまでいただいた信頼にお応えできるよう努めてまいります。

一方で、社会通念上の範囲を超えた言動は、職員及び他の善良な患者様の尊厳を傷つけるものであり、決して看過できません。当院は、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を踏まえ、患者様・ご家族からの言動・要求のうち、内容が妥当性を欠くもの、または妥当であっても手段・態様が社会通念上不相当であり、職員の就業環境を害するものを「カスタマーハラスメント」と定義し、次のような行為に対しては、誠意をもって対応しつつも、毅然とした態度で臨みます。

・大声での罵倒、暴言、威圧的な言動
・職員に対する身体的な接触・暴力行為、またはそのおそれ
・正当な理由のない過度な要求の繰り返し
・長時間の電話・面会等により、業務に著しい支障をきたす行為
・性的な言動、必要のない接触
・正当な理由のない院内への立ち入り、長時間の居座り
・職員の許可のない撮影・録音、SNS等への無断投稿
・土下座や謝罪文の要求等、過度な謝罪の強要
・診療上必要な指示に従わない行為(飲酒・喫煙・無断離院等)
・その他、診療の継続に著しい支障をきたす迷惑行為

上記に該当する行為が見られた場合、診療・ご案内の中断や退去をお願いすることがございます。応じていただけない場合は、警察へ通報させていただきます。悪質と判断した場合は、弁護士等の専門家と連携し、法的な対応を検討いたします。

迷惑行為を受けた職員は、一人で抱え込まず、速やかに上長へ報告・相談してください。相談があった場合には、病院として組織的に対応いたします。

ホームページには、この文章をそのまま掲載することで、社外向けの表明として機能します。

院内掲示の場合は、スタッフの目に留まりやすい場所(休憩室や更衣室等)にも掲示しておくと、スタッフへの安心感の醸成という効果がより高まります。

 

「言葉だけで終わらせない」ための運用

基本方針は、掲示して終わりではありません。

研修の場でこの方針を改めて共有し、「会社は本気でスタッフを守るつもりがある」という実感を伴わせることが重要です。

方針と実際の対応が食い違うと、かえって不信感を招きます。

 

まとめ

基本方針は、対外的な宣言であると同時に、スタッフを守るための組織としての意思表示でもあります。

誠実な対応姿勢、毅然とした対応、相談しやすい体制という3つの要素を、自院の言葉で明文化しておくことをお勧めします。

 

すずえ社会保険労務士事務所では、病院・医療法人向けに、カスハラ基本方針・対応マニュアルの策定、就業規則の見直し、院内研修の講師を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

 

鈴永 眞

同志社大学法学部卒業後、中小企業マーケットに特化した大同生命保険株式会社に入社。
東京、京都などの営業拠点で販売、社員育成、組織運営に従事。
その後、医療系スタートアップの立ち上げや全国規模の医療グループのM&Aを経験し、組織を動かすのは結局のところ「人」であると実感。
2019年に社会保険労務士として登録し、2021年からは病院・医療法人の労務課題に特化した支援に専念している。

 

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