訪問看護・訪問介護における「密室ハラスメント」の予防と、現場・組織でできる対応

2026年09月07日

一人で訪問先に向かい、誰の目もない部屋で対応する。

訪問看護・訪問介護には、この働き方そのものに、院内とは異なるリスクが伴います。

何かがあっても、その場に居合わせた同僚はいません。

「気のせいかもしれない」「大げさに言っているだけかもしれない」と、自分自身の感覚さえ疑ってしまう。

目撃者がいないからこそ、被害を打ち明けること自体に、ためらいが生まれやすくなります。

 

実際、福岡県が在宅医療・介護の従事者を対象に行った調査(2023年、有効回答2,405名)では、過去に利用者・家族等から暴力・ハラスメントを受けた経験が「ある」と回答した人が38.5%にのぼりました。

そのうち46.3%が「仕事を辞めたいと思った」「休職・退職した」等の影響があったと回答し、5.3%は「生命の危機を感じた」と答えています。

特殊な事例ではなく、現場で起こり得るリスクとして向き合う必要があります。

本記事は、社会保険労務士の立場から、労務管理・組織運営の観点で公表されている行政資料等をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の事案への法的な対応については、弁護士等の専門家にご確認ください。

 

密室化を防ぐ現場ルール

訪問先という環境そのものを変えることはできませんが、現場での立ち居振る舞いと、組織としての体制づくりによって、リスクを下げることはできます。

密室化を防ぐ現場ルール

  • 接触を要しない問診等では、可能な限り患者様との物理的な距離を保つ
  • 自分と出口(避難経路)の間に、患者様が来ないよう座る位置を工夫する
  • 一人で悩まず、違和感があればその場で管理者に連絡する
  • 暴力・ハラスメント対策という目的であれば、相手の同意を得ていない録音が直ちに違法となるわけではないとされていますが、個人情報保護やプライバシーとの関係で慎重な判断が求められる場面もあります。録音を行う場合の運用ルールは、事前に顧問弁護士へご確認ください

組織として整えておきたい体制

  • リスクが想定される訪問先には、複数名での対応を原則とする
  • 訪問前後の記録(訪問時間、対応内容)を徹底し、異変があればすぐに共有できるようにする
  • 緊急時に管理者や他のスタッフへ連絡できる手段(携帯電話、緊急通報機器等)を用意する

 

ハラスメントが疑われた場合の初期対応

密室での出来事は、後から「言った・言わない」の水掛け論になりやすいため、初期対応の質が特に重要です。

  • 可能な範囲で、日時・場所・具体的な言動を記録する
  • 訪問終了後、速やかに管理者へ報告する
  • 状況によっては、次回以降の訪問を一時的に見合わせる判断も選択肢に入れる
  • 外傷を負い医療機関を受診する場合は、労災の可能性があるため、健康保険証は使わず、診断書の原本を取っておく

一人で抱え込まず、まず報告する、という行動そのものを組織として推奨しておくことが、被害の深刻化を防ぐ第一歩になります。

 

サービス契約の解除という選択肢について

迷惑行為が繰り返される場合、契約そのものを解除するという選択肢もあります。

ただし、これは患者様の療養生活に直接影響する、極めて慎重な判断が求められる領域です。

契約書に解除事由を定めていても、それだけで自動的に解除できるわけではありません。

「正当な理由」があるといえるかどうかは、結果の重大性・再発可能性・解除以外の防止方法の有無といった要素から、個別に判断されます。

サービス範囲の説明や複数名訪問への切り替えなど、解除以外の対応を尽くしたうえで検討する、という段階を踏む必要もあります。

この論点は、一つの記事で扱いきれる粒度の話ではありませんので、必ず事前に顧問弁護士へ相談してください。

 

スタッフ本人の安全確保を最優先にする組織方針の明文化

契約解除のプロセスを踏んでいる間も、スタッフの安全が脅かされる状況を我慢させてはいけません。

危険を感じた場合、その場でスタッフ自身が訪問を中断・退避する判断は、最優先で認められるべきです。

ただし、退避がそのまま「患者様が医療や介護を受けられなくなる」ことにつながってしまうと、それ自体が新たな紛争の火種になりかねません。

スタッフ個人の安全確保と、患者様への医療・介護の継続は、切り分けて考える必要があります。

具体的には、退避の報告を受けた管理者が、医療・介護の継続が必要かどうかを確認したうえで、支援に向かう職員や待機する職員を決定し、事業所として協力体制を整える、という役割分担です。

個人の判断で終わらせず、組織としての次の一手までを含めて方針を明文化しておくことが重要です。

 

これは単なる心構えの問題ではありません。

労働安全衛生法69条は、事業者に労働者の健康保持増進のための措置を講じるよう努める義務を定めています。

労働契約法5条も、労働者の生命・身体等の安全への配慮を、使用者の義務として定めています。

この義務を怠った場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われた裁判例も存在します。スタッフの安全確保は、組織としての法的な責務でもあります。

 

まとめ

訪問看護・訪問介護という働き方は、他のスタッフの目が届きにくいという構造的なリスクを抱えています。

だからこそ、現場での立ち居振る舞いの工夫と、組織としての報告・対応の仕組みの両方を、あらかじめ整えておくことが欠かせません。

 

すずえ社会保険労務士事務所では、病院・医療法人向けに、カスハラ基本方針・対応マニュアルの策定、就業規則の見直し、院内研修の講師を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

鈴永 眞

同志社大学法学部卒業後、中小企業マーケットに特化した大同生命保険株式会社に入社。
東京、京都などの営業拠点で販売、社員育成、組織運営に従事。
その後、医療系スタートアップの立ち上げや全国規模の医療グループのM&Aを経験し、組織を動かすのは結局のところ「人」であると実感。
2019年に社会保険労務士として登録し、2021年からは病院・医療法人の労務課題に特化した支援に専念している。

 

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