診療の結果に納得がいかないと訴えられる場面ほど、現場が精神的に消耗する対応はありません。
実際にご相談を伺っていると、スタッフが本当に苦しいのは「怒鳴られること」そのものよりも、「ご家族の心配や不安は正当なものなのか、それとも行き過ぎた要求なのか、その場では判断がつかない」という状態に長時間置かれることだと感じます。
ご家族の不安に寄り添いたいという気持ちがあるからこそ、「土下座しろ」「ネットに晒すぞ」といった要求にも、つい向き合おうとしてしまう。
しかし、その誠実さが、かえって現場を追い詰めてしまうことがあります。
なお、患者様・ご家族が「ミスではないか」と主観的に感じることと、法的な医療過誤の有無は別の問題です。本記事では、実際に過誤があったかどうかの判断には立ち入らず、そうした訴えがあった際の組織としての行動対応に絞って整理します。
本記事は、社会保険労務士の立場から、労務管理・組織運営の観点で公表されている行政資料等をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の言動が犯罪に該当するかどうかの最終判断は、警察・弁護士等の専門家にご確認ください。
「土下座の強要」「ネットに晒す」は、実は刑法上の犯罪行為に当たりうる
まず押さえておきたいのは、こうした言動の多くが、単なる「行き過ぎたクレーム」ではなく、刑法上の犯罪行為に当たり得るという点です。
脅迫罪(刑法222条)
- 生命・身体・自由・名誉・財産(親族を含む)に対して害を加える旨を告知した場合に成立します。
- 「ネットに書き込むぞ」といった発言は、相手が実際に怖がったかどうかにかかわらず成立し得るとされています。
強要罪(刑法223条)
- 脅迫や暴行を用いて、人に義務のないことを行わせた場合に成立します。
- 「土下座をしろ」という要求は、この典型例とされています。加えて、こうした言動を伴いながら金銭を要求された場合は、より重い恐喝罪に発展する可能性もあります。
※以下は一般的な考え方の整理です
「医療事故・医療過誤の調査」と「ハラスメント対応」は分けて考える
現場が混乱しやすいのは、「医療事故・医療過誤があったかどうか」の調査と、「不当な要求への対応」を、同じ土俵で考えてしまうことです。
この2つは、本来切り分けて進める必要があります。
- 医療事故・医療過誤の有無そのものの調査は、医療安全部門・院内の事故調査プロセスが担う領域です
- 土下座の要求やネットへの脅しといった言動への対応は、労務管理・組織運営の問題として、別のルートで進めます。
医療事故の有無そのものについての判断は医事法・医療安全の専門領域であり、社労士が担うのは組織としての労務対応です。
組織対応フロー:STEP1〜3
この2つを混同すると、「調査結果が出るまで、現場が理不尽な要求にも耐え続ける」という事態になりがちです。
調査は調査として粛々と進めながら、行き過ぎた言動には並行して毅然と対応する、という姿勢が重要です。具体的には、次の3段階で進めます。
STEP1|初動対応:孤立させない、記録する
- 対応するスタッフを孤立させず、必ず複数名・上位職を交えて対応する
- やり取りの経過は、可能な限り記録・録音し、「言った・言わない」の水掛け論を防ぐ
- 対応窓口を一本化し、担当者によって対応がぶれないようにする
STEP2|「謝罪する義務はない」を組織として共有する
医療過誤が実際にあったと確認された場合には、組織として誠実に謝罪する必要があります。
しかし、それと「土下座」「執拗な謝罪文の提出」といった要求に応じることとは、まったく別の話です。
調査の結果を待たずに、その場の空気に押されて現場のスタッフ個人が土下座や過度な謝罪をしてしまうと、後の対応がかえって難しくなることもあります。
「事実確認ができるまでは、その場での即答や謝罪の強要には応じない」という方針を、あらかじめ組織全体で共有しておくことが重要です。
STEP3|SNS投稿・誹謗中傷への対応
「ネットに晒すぞ」という発言の段階では脅迫罪の可能性がある行為ですが、実際に投稿されてしまった場合は、名誉毀損やプライバシー侵害の問題に発展します。
- 投稿を確認した場合は、スクリーンショット等で証拠を保全する
- 組織として、削除依頼や法的対応を弁護士に相談する
- 現場のスタッフ個人が単独でSNS上のやり取りに反応しないよう、あらかじめ周知しておく
まとめ
診療結果に納得できない場面での不当な要求は、現場の誠実さにつけ込む形で行われることが少なくありません。
だからこそ、「事実確認」と「不当な言動への対応」を切り分け、組織としての判断基準をあらかじめ持っておくことが、現場のスタッフを守ることにつながります。


