「笑ってごまかしてしまった」——採血や検温、体位交換などで身体に触れる場面のあるスタッフから、そうした話を伺うことがあります。
相手は入院中・通院中の患者様です。
強く拒否して気まずくなるのも気が引けるし、病状のせいで一時的にそうなっているだけかもしれない、と自分に言い聞かせてしまう。その優しさや配慮が、かえって行為をエスカレートさせてしまうことがあります。
診察室や病室は、他のスタッフの目が届きにくい「密室」になりやすい場所です。とりわけ個室や訪問診療・訪問看護の場面では、その傾向が強くなります。
実際、UAゼンセン・ヘルスケア労協の共同調査(2023年、有効回答7,164件)では、迷惑行為を経験した看護職・介護職のうち約3割強がセクシュアル・ハラスメントを経験したと回答しています。特に女性・若手スタッフに偏りが見られ、決して「稀なケース」ではないことがうかがえます。
本記事は、社会保険労務士の立場から、労務管理・組織運営の観点で公表されている行政資料等をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の言動が犯罪に該当するかどうかの最終判断は、警察・弁護士等の専門家にご確認ください。
わいせつ行為・ストーカー行為は、刑法・条例・特別法の対象になり得る
同意なく身体に触れる行為は、刑法上の犯罪に当たり得ます。
2023年の刑法改正により、「暴行や脅迫を用いたかどうか」ではなく「同意があったかどうか」を基準に判断される仕組みに変わりました。
不同意わいせつ罪(刑法176条)
- かつての「強制わいせつ罪」から名称・要件が変更された罪です。
- 同意なく胸やお尻などに触れる行為は、それ自体がこの罪に当たり得ます。
- 服の上から触れる場合でも、各都道府県の迷惑防止条例違反に当たる可能性があります。
ストーカー規制法
- 恋愛感情等を理由とした「待ち伏せ」「つきまとい」「面会の要求」などを反復して行う行為が対象です。
- 反復して行われた場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金の対象となります。
※以下は一般的な考え方の整理です
現場でできる防衛策:「笑ってごまかさない」ことが第一歩
身体に触れられた際、その場で笑ってごまかしてしまうと、相手が「触れても問題ない」と受け取り、行為がエスカレートする危険があります。
行為を具体的に特定して、はっきりと拒否することが重要です。
- 「胸を触らないでください」など、行為を具体的に指摘して明確に拒否する
- 一人で抱え込まず、必ず管理者に報告する
- 個室や訪問時は、可能な限り患者との物理的な距離を保ち、自分と出口(避難経路)の間に相手が来ないよう位置取りをする
組織としては、個室の運用ルール(時間帯や患者の状況に応じてドア・カーテンを開けておく、複数人で対応する)をあらかじめ定めておくことで、現場が一人で判断に迷わずに済む体制を作れます。
出待ち・つきまとい行為への組織的対応
ストーカー行為は、放置すると急速にエスカレートし、重大な事件に発展するおそれがあります。患者本人への警告だけでなく、組織として被害拡大を防ぐ具体的な措置が必要です。
- 被害を受けたスタッフの勤務時間の変更(夜勤免除など)
- 駐車場・通用口など、動線上のリスクを減らす配慮
- 証拠となる記録(日時・場所・内容)の作成支援
- 早い段階からの警察への相談体制の整備
医療現場での被害は、電車内の痴漢等と比較しても、本人が「大げさにしたくない」という理由で警察への相談をためらいがちです。
管理者側から、被害届の提出を一緒に検討する姿勢を示すことが重要になります。
スタッフが「言い出しにくい」問題への対応
ここからは、社労士として特にご支援できる領域です。
「患者様だから仕方がない」「相談したら大げさだと思われるのでは」という心理的なハードルを下げるには、個人の勇気に頼らない仕組みが必要です。
- 相談窓口を、直属の上司以外にも複数用意する
- 「相談すること自体が正しい行動である」ことを、日頃から研修等で伝えておく
- 相談を理由に不利益な扱いを受けないことを、明文化して周知する
こうした体制づくりは、被害の申告のしやすさそのものを左右します。
制度として整備しておくことが、個々のスタッフの負担を減らす近道です。
まとめ
診察室や病室という「密室」になりやすい環境だからこそ、個人の対応力だけに頼らない仕組みが必要です。
現場での明確な拒否と、組織としての運用ルール・相談体制の両輪で、スタッフを守る体制を整えていくことが重要です。


