【カスハラのメンタルケア】被害直後の初期対応と、職員を一人にしない体制づくり|病院の健康経営の視点で整理

患者様やご家族から強い言葉を向けられた職員が、「自分の対応が悪かったのかもしれない」と、誰にも言わずに抱え込んでしまう。

病院の管理者の方から、こうした場面についてご相談をいただくことがあります。

2026年10月1日から、カスハラの防止措置は、病院を含むすべての事業主の義務となっています。

措置の柱には、相談体制の整備と、被害を受けた職員への配慮を含む、事後の迅速かつ適切な対応が含まれます。

つまり、カスハラのメンタルケアは、「できれば行うもの」ではなく、体制として整えておくべきものになりました。

ただ、窓口や規程を置くだけでは足りません。

被害を受けた直後に、管理者が何をするか。

職員が「相談しても大丈夫だ」と感じられるか。

この2つが、実際に職員を守れるかどうかを左右します。

病院を例にしていますが、診療所、介護施設、そのほか患者様・利用者様・お客様と接する職場にも、共通する内容です。

本記事は、社会保険労務士の立場から、公開されている行政資料や調査をもとに、カスハラのメンタルケアの考え方と、職場としての体制づくりを整理したものです。職員の心身の状態の評価、診断、治療、カウンセリングの内容は、医師、産業医、臨床心理士などの専門家の領域であり、本記事の範囲外です。診療の経過や結果の評価、医療事故に当たるかどうかの判断も、医療安全の専門的な領域であり、本記事の範囲外です。個別の事案への対応については、産業医、顧問弁護士などの専門家にご相談ください。

 

病院の仕事は「感情労働」の側面が大きい

感情労働とは

  • 相手との関係の中で、求められる感情を表現したり、不快な感情を抑えたりすることが必要な仕事のことです。
  • アメリカの社会学者ホックシールドが提唱した概念として知られています。
  • 看護や介護は、その代表的な仕事として論じられてきました。

感情労働には、大きく2つのかかわり方があるとされています。

1つは、自分の感情そのものを、相手に合わせて変えようとすること。

もう1つは、内心の感情はそのままに、表面上の表情や言葉だけを整えることです。

病院で、強い言葉を向けられたときの職員は、後者になりやすい立場にあると考えられます。

腹立たしさや恐怖を感じていても、穏やかな表情と言葉で対応し続けなければならないからです。

病院の感情労働が重くなりやすい理由

  • 患者様やご家族は、病気や痛み、先の見えない不安を抱えており、感情が高ぶりやすい状況にあります。
  • 看護職だけでなく、受付、医事課、外来、病棟など、患者様やご家族と接するほぼすべての職種が当てはまります。
  • 病室や処置室のように、周囲の目が届きにくい場面があります。
  • 夜間や休日は、少ない人数で対応しなければならない場面があります。
  • 診療を求められる立場にあるため、「対応をやめる」という選択肢が取りにくいと感じやすい職場です。

感情労働そのものは、仕事の一部です。

問題になるのは、カスハラによって、その負担が著しく大きくなることです。

暴言や不当な要求を受けても、内心の苦痛を抑えて、冷静に対応し続けなければならない。

こうした状態が続くと、精神的な疲労やストレスが積み重なり、最悪の場合は離職につながります。

そのため、組織には、職員が過度な感情労働を強いられないよう、メンタルケアを含む配慮が求められます。

 

調査から見える、被害を受けた職員の状態と、相談の実態

医療・介護分野で働く労働組合員を主な対象に、2023年に行われた調査があります。

有効回答は7,164件で、そのうち、過去3年間に患者様・ご家族などからの迷惑行為の被害にあったと答えた方は3,183名でした。

回答者の約9割は組合員であり、すべての病院の実態を示すものではありません。

傾向をつかむ材料として、ご覧ください。

迷惑行為を受けた後の変化(被害にあった3,183名)

  • 約6割の方が、何らかの変化を感じています。
  • 半数近く(47.1%)が、「出勤が憂鬱になった」と答えています。
  • 「仕事に集中できなくなった」が21.7%、「退職しようと思った」が12.1%、「眠れなくなった」が10.3%、「休職しようと思った」が6.2%でした。

迷惑行為にあった時の対応(被害にあった3,183名)

  • 「上司・同僚に引き継いだ」が49.5%で最も多く、「複数人で対応をした」が40.1%、「毅然と対応した」が31.8%でした。
  • 一方で、「謝りつづけた」も24.5%あります。
  • 「謝りつづけた」は、事務職で多く、正社員・正規職員以外では5割近くを占めています。

悩みの相談先(被害にあった3,183名)

  • 「同僚や先輩」が78.5%、「上司や管理職」が58.9%です。
  • 「勤務先の相談窓口」は2.3%にとどまります。
  • 「誰にも相談しなかった」も7.3%あります。

職場の体制に関する認知(回答者全体7,164名)

  • 相談窓口について、「あるかどうかわからない」が57.7%で、「ある」は27.2%でした。
  • 「相談窓口はあるが機能していない」が4.5%、「相談窓口はない」が9.9%です。
  • 年齢が若い層、仕事の経験が短い層ほど、「窓口があるかどうかわからない」が多くなっています。
  • 迷惑行為への対応やハラスメントに関する研修は、「受けた」が18.6%、「実施していない」が68.2%でした。

職場への影響(回答者全体7,164名)

  • 過去3年間に、迷惑行為を理由に休職または退職した人が職場に「いた」という回答は、14.6%でした。

これらの結果から、3つのことが言えます。

①職員の変化は、「出勤が憂鬱になる」といった形で、まず現れやすい

被害を受けた後の変化として、最も多かったのは、出勤への憂鬱さでした。

診断名がつくような不調に至る前に、こうした変化に気づけるかどうかが、メンタルケアの出発点になります。

②最初に職員を受け止めているのは、窓口ではなく、身近な人

相談先の中心は、同僚・先輩と、直属の上司や管理者です。

窓口を整備することは大切ですが、それだけでは不十分です。

現場のリーダーや管理職が、被害直後の初期対応と、相談を受け止める力を持つことが、実質的な体制になります。

③窓口は、あっても知られていなければ使われない

窓口があるかどうかわからないという回答が、半数を超えています。

とくに、若い職員や経験の浅い職員ほど、その傾向があります。

一方で、「謝りつづけた」という対応が、事務職や、正社員・正規職員以外の方に多く見られます。

こうした職員にこそ、「一人で収めなくてよい」と、明確に伝える必要があります。

 

被害を受けた直後の初期対応|管理者が動くときの流れ

カスハラの被害を受けた直後は、本人も、周囲も、どう動けばよいか迷いやすい時間です。

厚生労働省の企業向けマニュアル(令和8年度改訂版)では、被害を受けた従業員への配慮として、現場での安全確保と、精神面への配慮の2つを挙げています。

ここでは、その考え方をもとに、管理者が動く順番を、時間の流れに沿って整理します。

なお、職員の心身の状態の評価や、診断、治療に関することは、医師や産業医などの専門家の領域です。

管理者や人事の役割は、安全を確保し、一人にせず、専門家につなぐ判断を、組織として行うことです。

ステップ1|その場で(直後)

  • まず、職員の安全を確保します。
  • 現場監督者が、対応を代わります。
  • 必要に応じて、職員と相手を引き離し、その場を離れてもらいます。
  • 担当者を変えたり、複数名で対応したりします。
  • 身の危険を感じる場面では、判断を待たずに、警察への通報を行います。
  • 職員を、その場で一人にしないことも重要です。

ステップ2|当日中に

  • まずは、本人の話を、最後まで聞きます。
  • そのとき、対応の良し悪しを評価したり、原因を探したりしません。
  • 本人が話せる状態でなければ、無理に聞き取らず、後日に回します。
  • 事実を記録します。
  • 日時、場所、相手の言動、対応した内容、引き継いだ相手を、主観と分けて残します。
  • 記録は、本人が書ける状態かを確認したうえで、管理者が聞き取って作成する形でも構いません。
  • 業務を調整します。
  • 担当の交代、休息の確保、必要に応じた早退など、その日の働き方を、本人の意向も聞いて決めます。
  • 受診や相談が必要かもしれないと感じたときは、産業医や相談先の情報を、本人に伝えます。
  • この話を誰にどこまで共有するかを、本人に説明し、確認します。

ステップ3|数日のうちに

  • 本人の様子を、数日のうちに、あらためて確認します。
  • 変化に気づく目安として、次のような様子があります。

– 出勤をいやがる、遅刻や欠勤が増えた。

– 眠れない、食欲がないといった話が出る。

– 集中できず、ミスが増えた。

– 表情や口数が、以前と違う。

  • 変化が続くときは、管理者が診断や評価をするのではなく、産業医や専門の医療機関への相談を、本人に勧めます。
  • 本人が望まない場合も、無理に決めつけず、相談先があることを、繰り返し伝えます。

専門家につなぐ目安

  • 不調の様子が続くときは、産業医、産業カウンセラー、臨床心理士などの専門家への相談を、組織として促します。
  • 強い落ち込みがあるときや、自らを傷つけるようなことをほのめかす言動があるときは、判断を一人で抱えず、直ちに産業医などの専門家につなぎ、職員を一人にしないようにします。
  • 産業医の選任義務がない規模の病院やクリニックでは、地域の産業保健の相談窓口や、外部の相談サービスを活用する方法があります。

社会保険労務士が確認する手続き

  • 暴行によるケガや、心身の不調で、受診や休業が必要になった場合は、使える制度があります。
  • 業務上の災害にあたるかどうかで、労災保険になるか、健康保険の傷病手当金になるかが分かれます(傷病手当金は、業務外の病気やケガが対象です)。
  • どちらにあたるかは、状況によって異なり、労働基準監督署が判断します。
  • 早めに、社会保険労務士や、労働基準監督署に確認してください。
  • 相談したことや、事実確認に協力したことを理由に、不利益な取扱いをしないことは、あらためて職員に伝えます。
  • 相談者のプライバシーを守るため、情報を知る人は、必要な範囲にとどめます。

初期対応で、避けたいこと

  • 「気にしないで」「よくあることだよ」と、受け流すこと。
  • 対応のやり方を、その場で責めたり、指導したりすること。
  • 本人の意向を聞かずに、周囲に事案を広く共有すること。
  • 本人が働ける状態かどうかを、管理者が決めつけること。

管理者の声かけの考え方

声かけは、感情的な言葉よりも、実務的で具体的な言葉のほうが、職員に安心感を与えます。

場面ごとの一例を、次の表に示します。

場面 声かけの例
対応を代わるとき 「ここからは私が代わります。」
事実を確認するとき 「何があったか、順番に教えてください。」
対応を責めないとき 「この対応でよかったかどうかは、あとで一緒に確認します。」
休息を確保するとき 「少し休んでください。持ち場は私が見ます。」

 

なぜ病院では、抱え込みやすいのか

病院には、抱え込みを生みやすい事情があります。

職員の受け止めと、組織としてできる手当てを、対にして整理します。

背景 職員の受け止め 組織としての手当て
「患者様のために」という職業意識 「これくらいは我慢するべきだ」 我慢を前提にしない方針を、明確に示す
対応の良し悪しの自責 「自分の対応が悪かったのでは」 判断基準を共有し、個人の対応力の問題にしない
診療結果に納得されない場面 自分が責められているように感じる 診療の経過の検証は医療安全の仕組みで行い、職員の対応と分けて扱う
相談への心理的な抵抗 「迷惑をかけたくない」「大ごとにしたくない」 相談しても不利益がないことを明示し、相談先を複数用意する
最初の窓口になる立場 謝って収めるしかない 引き継ぎのルールを定め、一人で収めなくてよいと伝える

 

メンタルケアを放置すると、何が起きるか

抱え込みは、本人の問題にとどまりません。

組織にとっても、次のようなリスクにつながります。

職員の不調と離職

  • 心身の不調や、離職につながります。
  • 人手に余裕のない病院では、一人の欠員が、周囲の職員の負担を増やし、さらなる消耗を招きます。

法的なリスク

  • 使用者には、職員の生命、身体の安全や、心身の健康に配慮する義務(安全配慮義務)があります。
  • 精神障害の労災を判断する認定基準は、2023年9月に改正され、心理的負荷の評価表に、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という項目が加わりました。
  • この評価では、迷惑行為の内容や程度、繰り返しの状況に加えて、事業者(病院)の対応の有無や内容、その後の改善の状況も、総合的に見る視点とされています。
  • たとえば、心理的負荷が「中」程度の迷惑行為を受けた場合でも、事業者(病院)に相談したのに適切な対応がなく、改善されなかったときは、「強」と評価される例が示されています。
  • つまり、相談を受けた病院が、適切に対応したかどうかが、問われうるということです。

※労災に当たるかどうかは、労働基準監督署が判断するものです。

患者様への影響

  • 疲弊した職員の状態は、患者様への対応の質にも影響しうるものです。
  • 職員を守ることは、結果として、患者様に安全で質の高い医療を提供することにもつながります。

脅すための話ではありません。

相談を受け止める体制は、職員を守ると同時に、病院を守る体制でもあるということです。

 

「心理的安全性」とは

心理的安全性とは

  • 意見の表明や質問、失敗の報告など、対人関係でリスクを伴う行動をとっても、不利益を受けないと感じられる状態のことです。
  • 組織行動を研究するエドモンドソンが、1999年に論文で提唱した概念として知られています。

カスハラ対策にあてはめると、「困ったことを報告すれば、病院が守ってくれる」と、職員が信じられる状態です。

この状態があって初めて、職員は安心して報告や相談ができます。

よくある誤解

  • 「何でも言い合える、仲の良い職場」という意味ではありません。
  • 「厳しいことを言わない、甘い職場」という意味でもありません。
  • 報告や相談をしても、責められたり、不利益を受けたりしないと、職員が信じられることを指します。

病院でとくに大切なのは、「報告したら対応を責められる」と職員が感じないことです。

診療の結果に納得されない患者様への対応では、職員は自分の対応が問われていると感じやすいからです。

 

健康経営の視点で、カスハラのメンタルケアを組み立てる

カスハラのメンタルケアは、「被害が出たときの対応」だけの話ではありません。

従業員の健康を、経営の課題として捉える「健康経営」の取組の一部として、位置づけることができます。

健康経営の視点とは

  • 従業員の健康管理を、コストではなく、経営への投資として考える視点です。
  • 経済産業省は、健康経営に積極的に取り組む法人を顕彰する、健康経営優良法人認定制度を設けています。
  • 認定制度は、経営者の方針、健康保持・増進に向けた実施体制、具体的な施策、取組の評価と改善といった観点で見る仕組みです。
  • カスハラ対策そのものが認定の要件というわけではありません。
  • ただ、職員の心身の健康を守る施策として、この方向と同じ流れの中に位置づけられます。
  • 認定の具体的な要件は、毎年度見直されます。
  • 最新の要件は、制度の公表資料でご確認ください。

メンタルケアは、「4つのケア」で役割を分ける

厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、職場のメンタルヘルスケアを、4つのケアに分けて示しています。

カスハラの場面にあてはめると、次のように整理できます。

ケアの種類 担い手 カスハラの場面での例
セルフケア 職員自身 一人で抱えず、早めに助けを求める。自分の変化に気づく
ラインによるケア 管理者・リーダー 対応を代わる。話を聞く。業務を調整する。変化に気づく
事業場内産業保健スタッフ等によるケア 産業医、保健師、衛生管理者、人事労務担当 面談や相談を受ける。管理者を支援する。体制を整える
事業場外資源によるケア 外部の医療機関、相談機関、専門家 専門的な相談や受診につなぐ。外部の窓口を活用する

この整理で見えてくるのは、メンタルケアは、管理者の声かけだけでも、産業医の面談だけでも成り立たないということです。

4つが、役割を分けて連携することで、職員を支える体制になります。

ストレスチェックを、職場の見直しに生かす

  • 厚生労働省の企業向けマニュアルは、被害を受けた従業員の状況を確認する方法の一つとして、定期的なストレスチェックを挙げています。
  • ストレスチェックの実施が義務付けられている事業場では、部署ごとの集団分析の結果を、職場環境の見直しに生かすことが考えられます。
  • たとえば、患者様と接する機会の多い部署で、負担が大きい傾向がないかを、確認する材料になります。
  • 個人の結果の取扱いには、慎重さが求められます。
  • 個人が特定されないよう、扱いのルールを定めておきます。

健康経営として、経営層が示すこと

  • カスハラ対策は、現場任せにせず、経営層が「職員を守る」と、自らの言葉で示すことが基本です。
  • 方針を示すことは、職員の安心感に加えて、採用や定着にもつながります。
  • 医療・介護の現場は、人手の確保が大きな課題です。
  • 職員が安心して働ける職場であることは、病院の選ばれる理由の一つになります。

 

抱え込ませない体制づくりの3つの柱

①方針を、管理者の言葉で示す

  • 「カスハラには組織として毅然と対応し、職員を守る」という方針を、文書にして周知します。
  • 掲示や文書だけでなく、院長や看護部長、事務長などが、自分の言葉で繰り返し伝えることが、職員の安心感につながります。
  • 次の3点は、職員に必ず伝えておきます。

– 自分で対応できないときは、まず助けを求めてよいこと。

– それは、正当な行動であること。

– 助けを求めたことで、不利益を受けることはないこと。

  • とくに、入職したばかりの職員や、非常勤・パート・派遣の職員にも、同じ内容を届けることが重要です。

②エスカレーション(引き継ぎ)の道筋を決める

  • どの場面で、誰に引き継ぐのかを、あらかじめ決めておきます。
  • 引き継ぎは、対応の失敗ではなく、組織の仕組みとして位置づけます。
  • 可能な限り、職員を一人で対応させず、複数名で対応します。
  • 受付など最初の窓口になる職員は、内容の当否を判断する必要はありません。
  • その役割は、相手の言動と要件を、事実のまま引き継ぐことです。
  • 引き継ぎを受けた後の判断は、職員個人ではなく、管理者が組織として行います。
  • 診療の内容に関する訴えは、医療安全の仕組みで扱い、職員の接遇の問題とは分けて整理します。

立場ごとの役割を整理すると、次のようになります。

立場 主な役割 判断しないこと
現場の職員 傾聴し、事実を引き継ぐ。記録を残す 要求の当否、対応の打ち切り
直属の上司・リーダー その場で対応を代わる。職員の話を聞く 警告、出入りの制限などの重い判断
管理者 組織として判断する。外部機関との連携を決める 診療の可否は、医師や顧問弁護士の確認を得て行う
相談窓口・総務 相談を受け、事実を確認し、プライバシーを守る 診療の経過そのものの評価
医療安全の担当 診療の内容に関する訴えを、医療安全の観点で検証する 職員への対応や処遇の決定

なお、身の危険を感じる場面では、現場の職員が、判断を待たずに安全を確保し、通報してよいことを、あわせて明確にしておきます。

この役割分担は、あくまで考え方の整理です。

病院の規模や組織の作りによって、実際の割り振りは変わります。

③対応後のフォローと、相談しやすい環境

  • 初期対応のあとも、様子の確認と、相談の機会を、継続して設けます。
  • 心身の不調が続く場合は、産業医などの専門家につなぎます。
  • 相談者のプライバシーを守り、相談したことを理由に不利益な取扱いをしないことを、あらためて職員に示します。
  • 実際には、最初の相談先は同僚や直属の上司であることが多いため、現場のリーダーや管理職が、相談の受け方を学んでおくことも重要です。
  • 直属の上司に言いにくい場合に備えて、別の相談ルートも用意します。
  • 管理者自身が抱え込まないよう、管理者にも相談先と、判断を共有できる相手を用意します。

 

夜間・休日・小規模の部署での工夫

規模の大きな病院では、窓口や管理者が整っていても、夜間や休日には、少人数で対応しなければならない場面があります。

診療所や小規模の医療機関では、そもそも窓口を担える人が限られます。

夜間・休日の体制

  • 夜間や休日に、誰に連絡すればよいか(管理当直など)を、職員が説明できるようにしておきます。
  • 連絡先は、病棟や詰所など、見える場所に掲示します。
  • 夜間の対応記録は、翌日に管理者へ引き継ぐ流れを決めておきます。

小規模な医療機関の場合

  • 院長が窓口を兼ねていると、職員が相談しにくいことがあります。
  • 外部の相談窓口や、顧問の社会保険労務士、弁護士などを、相談先として加える方法があります。
  • 産業医の選任義務がない規模では、地域の産業保健の相談窓口を活用する方法もあります。

 

自院のメンタルケア体制を振り返る問い

次の問いに、「はい」と答えられるでしょうか。

  • 職員を守るという方針を、管理者の言葉で職員に伝えていますか。
  • 被害を受けた直後に、誰が対応を代わり、職員を一人にしない流れが決まっていますか。
  • 対応に困ったとき、誰に引き継ぐかが決まっていて、職員が説明できますか。
  • 新人や、非常勤・派遣の職員も、相談窓口の場所を知っていますか。
  • 直属の上司に言いにくい場合の、相談先がありますか。
  • 相談しても不利益を受けないことを、職員に伝えていますか。
  • 診療の内容に関する訴えと、職員への迷惑行為を、分けて扱う仕組みがありますか。
  • 心身の不調が続くときに、産業医や外部の専門家につなぐ流れがありますか。
  • 管理者自身が相談できる先がありますか。

「いいえ」が多い場合でも、問題があるという意味ではありません。

病院の規模や、受付と各部門の関係、医療安全部門の有無、夜間の体制などによって、整え方は変わります。

 

よくある質問

Q. カスハラの被害を受けた直後、管理者がまずすべきことは何ですか。

まず、職員の安全を確保し、対応を代わり、職員を一人にしないことです。

そのうえで、本人の話を最後まで聞き、事実を記録し、その日の業務を調整します。

心身の状態の評価や、診断に関することは、産業医などの専門家の領域です。

Q. 相談窓口を置いたのに、相談が来ません。

窓口が置かれていることが、職員に十分に知られていない可能性があります。

調査でも、「窓口があるかどうかわからない」という回答が半数を超えていました。

入職時や研修、掲示などを通じて、繰り返し周知することが基本です。

あわせて、職員が最初に相談する同僚や上司が、相談の受け方を学んでおくことも重要です。

Q. 健康経営とカスハラ対策は、どう関係しますか。

どちらも、職員の心身の健康を、経営の課題として守る取組です。

カスハラ対策の、相談体制、被害を受けた職員への配慮、ストレスチェックの活用などは、健康経営の心の健康づくりの取組と、重なる部分が多くあります。

認定制度の具体的な要件は、毎年度見直されるため、最新の資料をご確認ください。

Q. 「心理的安全性」を高めると、職場が甘くなりませんか。

心理的安全性は、厳しさをなくすことではありません。

報告や相談をしても、責められたり不利益を受けたりしないという、信頼のことです。

問題が早く共有されるため、結果として、組織全体の対応の質を高めることにつながります。

 

まとめ

カスハラのメンタルケアは、被害を受けた直後の初期対応と、日ごろの体制づくりの、両方で成り立ちます。

直後には、安全の確保、対応の交代、一人にしないこと、話を聞くこと、記録と業務の調整が基本です。

心身の評価や治療は、産業医などの専門家につなぎます。

日ごろは、方針を示し、引き継ぎの道筋を決め、対応後のフォローを整えます。

その土台にあるのが、相談しても不利益を受けないと職員が信じられる、心理的安全性です。

さらに、健康経営の視点で、4つのケアの役割分担や、ストレスチェックの活用まで含めて組み立てると、体制が実際に機能しやすくなります。

自院のメンタルケア体制をどこから整えればよいか、迷われたときは、お気軽にご相談ください。

 

参考資料

  • 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)
  • 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(令和8年度改訂版)
  • 厚生労働省「労働者の心の健康の保持増進のための指針」
  • 厚生労働省「心理的負荷による精神障害の認定基準」(令和5年9月改正)
  • UAゼンセン・ヘルスケア労協「患者・利用者・家族からのカスタマーハラスメントに関するアンケート」(2023年実施)
  • 大阪産業局「支援機関のための実践ガイド」

すずえ社会保険労務士事務所では、病院・医療法人向けに、カスハラ基本方針・対応マニュアルの策定、就業規則の見直し、院内研修の講師を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

鈴永 眞

同志社大学法学部卒業後、中小企業マーケットに特化した大同生命保険株式会社に入社。
東京、京都などの営業拠点で販売、社員育成、組織運営に従事。
その後、医療系スタートアップの立ち上げや全国規模の医療グループのM&Aを経験し、組織を動かすのは結局のところ「人」であると実感。
2019年に社会保険労務士として登録し、2021年からは病院・医療法人の労務課題に特化した支援に専念している。

 

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