被害を受けたスタッフのメンタルケア体制|休職・復職対応と労災認定(精神障害)の判断基準

2026年09月24日

厚生労働省が公表した令和7年度の労災補償状況を確認すると、精神障害の労災請求件数のうち、業種別で最も多いのは「医療、福祉」で、全体の27%を占めています。

中分類でみても、請求件数の1位は「社会保険・社会福祉・介護事業」、2位は「医療業」と、上位2つを医療・介護分野が独占しています。

前年度からの増加率も3割を超えており、特別な病院だけに起きる、稀な話ではありません。

前回の記事では、病院が安全配慮義務違反に問われる場面を扱いました。

今回は、実際に被害を受けたスタッフをどう支えるか、特に精神的な被害と労災認定、そして休職・復職という、多くの病院から相談をいただく実務的なテーマを整理します。

本記事は、社会保険労務士の立場から、公開されている行政資料・判例報道等をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の労災認定・法的な評価は、労働基準監督署・弁護士等の専門家にご確認ください。

 

医療・介護現場に集中する精神障害の労災

令和7年度のデータをもう少し詳しく見てみます。

  • 精神障害の労災請求件数(全業種合計):4,958件
  • そのうち「医療、福祉」:1,288件(全体の約26%、前年度比約31%増)
  • 業種別(中分類)の請求件数トップ2:1位「社会保険・社会福祉・介護事業」(706件)、2位「医療業」(578件)
  • 職種別では「保健師、助産師、看護師」が請求件数の上位に入り、その9割以上を女性が占めています

「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」という出来事類型(全産業合計)も、令和6年度の207件から令和7年度は240件に増加しています。

医療・介護現場が最大の業種であることを踏まえると、この増加傾向と無関係ではないと考えられます。

 

被害を受けたスタッフが「失われたもの」を取り戻す3つのルート

患者からの暴行等で負傷したスタッフには、大きく3つの回復手段があります。

  • 加害者(患者・家族)に対する損害賠償請求
  • 労災保険の申請・給付請求
  • 病院に対する、安全配慮義務違反を根拠とした損害賠償請求

1つ目と3つ目は前回整理した通りです。

3つ目(病院の責任)が認められるかどうかにかかわらず、2つ目の労災保険は、病院に過失があったかを問わない別の制度です。

「病院を訴えるほどのことではない」と感じているスタッフであっても、労災の対象になり得ることを、組織として案内してあげることが重要です。

 

精神障害の労災認定における考え方

精神障害の労災認定は、大きく次の3点から判断されます。

  • 対象となる精神障害を発病していること
  • 発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
  • 業務以外の要因により発病したとは認められないこと

患者・家族からの著しい迷惑行為は、「業務による心理的負荷評価表」の中に、独立した評価項目として位置づけられています。

ここでいう「著しい迷惑行為」とは、暴行、脅迫、ひどい暴言、著しく不当な要求等を指すとされています。

心理的負荷が「強」と判断される具体例としては、治療を要する程度の暴行を受けた場合や、人格を否定するような言動を反復・継続して受けた場合等が挙げられています。

 

ここで一つ、見落とされがちな重要な観点があります。

迷惑行為そのものの程度が「中」(治療を要さない程度の暴行等)にとどまる場合であっても、組織に相談した、あるいは組織が迷惑行為を把握していたにもかかわらず、適切な対応や改善がなされなかった場合には、心理的負荷が「強」と評価されるとされています。

つまり、迷惑行為の程度だけでなく、組織としての対応の有無・適切さそのものが、労災認定の判断に直接影響するということです。

これは、前段でお伝えした「相談してきたスタッフへの対応を誤らない」ことの重要性を、制度面からも裏付けています。

 

「カスハラかどうかの判断」に慎重になりすぎない

現場から相談があった際、管理職はまず「これは本当にカスハラと言えるのか」を判断しようとします。

もちろん、複数人で事実関係を検討し、記録に残すこと自体は重要です。

 

ただし、ここで一つ、見落としてはいけない視点があります。

最終的に「カスハラとまでは言えない」という結論に至った場合でも、相談してきたスタッフに対してネガティブな反応をしてはいけません。

カスハラと判断されるかどうかにかかわらず、そのスタッフの心身に負荷がかかっている可能性があるからです。

「大げさに騒ぐな」という空気が一度でも流れれば、次に本当に深刻な被害が起きたときに、誰も声を上げなくなります。

 

対応を誤ると、組織側に別の責任が生じることもある

被害を受けたスタッフへの対応を誤ると、加害者への対応とは別に、組織側の責任が問われることもあります。

公立小学校の教諭が、児童の家族から理不尽な要求を受けた際、校長がその教諭に謝らせることでその場を収めようとした事案があります(甲府地裁 平成30年11月13日判決・労働判例1202号95頁)。

この対応によって教諭が精神疾患を発症したとして、裁判所は校長の対応をパワハラと評価し、使用者である自治体の賠償責任を認めました。

 

この判例は公務員の事案ですが、民間の医療機関でも同様の構図は起こり得ます。

管理職が「その場を収める」ために、被害を受けたスタッフを犠牲にするような対応をとれば、病院側の安全配慮義務違反や、管理職の行為についての使用者責任が生じる可能性があります。

患者への対応と、スタッフへのケアは、まったく別の問題として扱う必要があります。

 

休職は「ただの欠勤」ではない-制度として理解する

労災認定を受けるかどうかにかかわらず、精神的な被害を受けたスタッフが、実際に休養を必要とする場面は少なくありません。

ここから先は、カスハラに限らず、休職全般について多くの病院から相談をいただく実務です。

休職は、単なる「長めの欠勤」ではありません。

制度として正しく理解しておかないと、対応を誤った際に、病院側が不利な立場に置かれることがあります。

 

休職は法律上の制度ではなく、就業規則に基づく制度

休職は、労働基準法などの法律で定められた制度ではありません。

多くの企業が就業規則で独自に定めている制度で、法的には「本来であれば解雇されてもおかしくない状態にある労働者について、一定期間、解雇を猶予する措置」という性格を持っています。

つまり、休職期間を設けること自体が、病院側からスタッフへの温情的な措置なのです。

だからこそ、休職期間中の扱いや、期間満了時の取り扱いは、就業規則の規定に沿って、丁寧に運用する必要があります。

 

休職中の収入は、どこから補われるのか

休職中、多くの病院では給与を無給としています。その間の生活保障は、次のいずれかで補われます。

  • 業務外(私傷病)と判断される場合:健康保険の傷病手当金(おおむね標準報酬日額の3分の2)
  • 業務上(労災)と認定される場合:労災保険の休業補償給付

カスハラを原因とする休職の場合、労災認定の結果を待たずに傷病手当金の申請を案内し、その後労災認定が下りれば、傷病手当金からの切り替え・調整を行うという流れになるのが一般的です。

「認定が出るまで、スタッフの生活が完全に不安定になる」という事態を避けるためにも、この選択肢をあらかじめ説明しておくことをお勧めします。

 

復職の判断は、本人の申告だけに頼らない

「もう大丈夫です」という本人の申告だけで復職を認めてしまうと、再発のリスクを見落とすことがあります。

一般的には、次のようなプロセスを踏みます。

  • 主治医の診断書(復職可能である旨の記載)を提出してもらう
  • 可能であれば、産業医の意見も踏まえて、組織として復職の可否を判断する
  • 必要に応じて、本人の同意を得たうえで、主治医から直接、業務内容等を踏まえた意見を聴取する

主治医は日常生活が送れる程度の回復を基準に判断することが多く、実際の業務に耐えられるかどうかの判断とは、ズレが生じることがあります。

復職の判断を主治医の診断書だけに委ねず、産業医等の意見も交えて、組織として総合的に判断する視点が重要です。

 

「治癒」とは何かを、あらかじめ共有しておく

復職の可否は、一般的に「従前の業務を通常程度行える健康状態に回復しているか」を基準に判断されます。

この基準を、休職を命じる段階から本人にも伝えておくことで、復職時期をめぐる認識のズレを防ぎやすくなります。

 

復職後の配慮

カスハラを原因とする休職の場合、復職後に同じ患者への対応や、同じ勤務環境に急に戻すと、再発のリスクが高まります。

試し出勤制度の活用や、当面は別の部署・業務に配置するといった配慮を検討してください。

 

休職期間が満了しても回復しない場合

休職期間が満了してもなお復職できない場合、就業規則の規定に基づいて退職や解雇の検討に進むことになりますが、いずれも法的に慎重な判断が求められる場面です。

特に、その傷病が「業務上」のものと認められる場合は、労働基準法19条により、休業期間とその後30日間は解雇が制限されます。

前回の記事で紹介した、看護師が2度にわたり患者から暴行を受けた事件でも、まさにこの「業務上」の該当性が、その後の解雇の有効性を左右しました。

カスハラが原因の休職では、この判断が通常の私傷病休職以上に重い意味を持ちます。

休職からの退職・解雇をめぐる具体的な手続きと注意点は、休職・復職をテーマにした別の記事で改めて取り上げます。

 

まとめ

被害を受けたスタッフを守ることは、加害者への対応と同じくらい重要です。

カスハラかどうかの判断にこだわりすぎず、まずは相談してきたスタッフに寄り添う姿勢と、労災保険という選択肢があることを、組織として日頃から伝えておくことをお勧めします。

あわせて、休職・復職を「単なる欠勤の延長」として扱わず、制度として正しく理解し、丁寧に運用することが、スタッフと病院の双方を守ることにつながります。

 

すずえ社会保険労務士事務所では、病院・医療法人向けに、カスハラ基本方針・対応マニュアルの策定、就業規則の見直し、院内研修の講師を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

鈴永 眞

同志社大学法学部卒業後、中小企業マーケットに特化した大同生命保険株式会社に入社。
東京、京都などの営業拠点で販売、社員育成、組織運営に従事。
その後、医療系スタートアップの立ち上げや全国規模の医療グループのM&Aを経験し、組織を動かすのは結局のところ「人」であると実感。
2019年に社会保険労務士として登録し、2021年からは病院・医療法人の労務課題に特化した支援に専念している。

 

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