「カスハラ研修をやることは決まったが、当日、何を、どの順番で、誰に向けて話せばよいのか」。
病院の管理者の方から、こうしたご相談をいただくことがあります。
2026年10月1日から、カスハラの防止措置は、病院を含むすべての事業主の義務となっています。
厚生労働省の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)では、方針や対処の方法を職員に周知することが求められており、研修は、その周知を確実にする方法の一つです。
なお、研修の実施そのものが、単独で義務付けられているわけではありません。
ただ、パワハラやセクハラと違い、カスハラの相手は患者様・ご家族という外部の方です。
参考にできる研修の型が、まだ十分に共有されていません。
この記事では、実際に医療機関向けに行われている研修の構成を参考に、病院で実施する研修プログラムの全体像を整理します。
本記事は、社会保険労務士の立場から、公開されている行政資料や、実際に行われている研修の構成をもとに、病院のカスハラ(ペイシェントハラスメント)研修の組み立て方を整理したものです。 医師法上の応召義務の解釈、診療の可否の判断、医学的な評価、個別の事案への対応については、顧問弁護士や医療安全の専門家にご確認ください。
病院のカスハラ研修は「対象者別」に組むのが基本
全職員に同じ内容を一律に伝えても、現場では使えません。
受付で最初に対応する職員と、引き継ぎを受けて判断する管理者とでは、必要な知識も、練習すべきことも違うからです。
実際に行われている研修でも、管理者向けと現場職員向けを分けて開催しているものがあります。
病院では、次の4つに分けて考えると整理しやすくなります。
| 対象 | 目的と重点 | 形式・時間の目安 |
|---|---|---|
| 全職員 (非常勤・パート・派遣を含む) |
基礎知識、院の方針、相談先、一人で抱えないこと | eラーニング・動画 30〜60分 |
| 現場職員 (外来・病棟・受付・医事課など) |
初期対応、引き継ぎ、記録、ロールプレイ | 対面・少人数 2〜3時間 |
| 管理者 (院長・事務長・看護部長・師長など) |
発生時の判断、外部との連携、被害を受けた職員への対応 | 対面またはハイブリッド 2時間前後 |
| 相談窓口の担当者 (人事・総務など) |
相談の受け方、事実確認、情報の管理 | 事例検討 1〜2時間 |
時間はあくまで目安です。 研修の中心になる、現場職員向けと管理者向けを、次に見ていきます。
現場職員向け研修の流れ(3時間の例)
座学で知識を伝えるだけでなく、各パートに「考える時間」を組み込み、ロールプレイに最も時間をかける構成です。
| 時間 | 内容 | 進め方 |
|---|---|---|
| 15分 | ①導入|なぜ病院で必要か | 講義 |
| 30分 | ②判断基準|正当なご指摘とカスハラの見分け方 | 講義+事例の仕分け |
| 30分 | ③初期対応の型 | 講義+言い回しの練習 |
| 25分 | ④一人で抱えず、組織で対応する | 講義+事例検討 |
| 50分 | ⑤ロールプレイ | 3人1組で演じ、振り返る |
| 15分 | ⑥記録・相談・事後のケア | 講義 |
| 15分 | ⑦まとめ|明日から実践すること | 個人ワーク+理解度の確認 |
①導入|なぜ病院で必要か
- 病院は、不安や痛み、待ち時間から、感情が高ぶりやすい場所です。
- 患者様の背景を理解することと、迷惑行為を受け入れることは、別のことです。
②判断基準|正当なご指摘とカスハラの見分け方
※以下は一般的な考え方の整理です。
- 「要求の内容は妥当か」と「手段・態様は相当か」の2つの軸で考えます。
- 要求の内容が妥当でも、手段・態様が不相当であれば、その部分はカスハラとして扱ってよいという点が、最も大切です。
- ただし、カスハラに当たるかどうかは、職員の就業環境が害されているかどうかも含めて、総合的に判断されます。
- 病院側の説明や対応に、不十分な点がなかったかも、あわせて確認します。
- 障害のある方から配慮を求められた場合の対応(合理的配慮)は、カスハラの判断とは別の枠組みで検討します。
③初期対応の型
- 傾聴し、感情への共感と、過失の承認を分けて伝える練習をします。
- その場で全面的に謝罪せず、事実は確認したうえで、組織として回答します。
- 確認の結果、病院側に改善すべき点があった場合は、組織として誠実に説明し、お詫びすることが前提です。
④一人で抱えず、組織で対応する
- 一人で対応を続けず、応援を呼ぶ、複数名で対応する、引き継ぐという原則を伝えます。
- 身の危険を感じたときの通報についても確認します。
⑤ロールプレイ|3人1組で
聞いて「分かった」状態でも、実際に大きな声で詰め寄られると、人は固まってしまいます。
そのため、研修の中で最も時間をかけるのが、ロールプレイです。
目的は、上手に演じることではありません。
最初の一言と、引き継ぐタイミングを、体で覚えることです。
3人1組を基本とし、次の役割を交代で担当します。
- 患者・ご家族役:台本に沿って、主張や要求を伝えます。
- 対応職員役:傾聴、事実の整理、できること・できないことの説明、引き継ぎを行います。
- 観察者役:対応の言葉やタイミングを記録し、振り返りで伝えます。
1場面あたり15分前後で、外来の受付、病棟、電話、診察の場面などを、役割を交代しながら回します。
演じる側が消耗しないための配慮や、過去に被害を受けた職員への配慮も、運営では欠かせません。
⑥記録・相談・事後のケア
- 事実を、主観と分けて記録します。
- 相談窓口の連絡先と、相談しても不利益を受けないことを伝えます。
⑦まとめ|明日から実践すること
- 参加者一人ひとりが、明日から自分の現場で実践することを書き出します。
- あわせて、理解度の確認とアンケートを行います。
管理者向け研修の流れ(2時間の例)
管理者向けは、現場から引き継がれた場面で、何を聞き、何を決めるかが中心です。
| 時間 | 内容 | 進め方 |
|---|---|---|
| 15分 | ①考え方|職員を組織として守る | 講義 |
| 35分 | ②発生時の判断|警告・外部との連携 | 講義+事例検討 |
| 25分 | ③被害を受けた職員への対応 | 講義 |
| 20分 | ④起こさないための取り組み | 講義+自院の課題の洗い出し |
| 25分 | ⑤管理者の判断訓練・まとめ | 上長役のロールプレイ |
自院用に整えるときに迷いやすい点
ここまでが、研修プログラムの全体像です。
ただ、実際に自院で行うとなると、次のような点で迷われることが多くあります。
- 院の基本方針や、対応のマニュアル、相談窓口が固まっていないと、研修は一般論に終わってしまいます。
- 警告や、診療のお断りといった判断を、誰が、どの手順で行うのか。応召義務との関係も含めて、院内で整理しておく必要があります。
- 認知症やせん妄が疑われる患者様の言動を、現場でどう扱うか。
- 受付や電話が最初の窓口となる病院で、内容を判断できない職員が、何を、どこまで引き継ぐのか。
- 夜勤や交代勤務がある中で、非常勤・派遣のスタッフを含めて、どう受講の機会を確保するか。
- 業務として受講させる研修の時間は、原則として労働時間にあたるため、賃金や勤務間の休息との関係をどう整理するか。
- 委託先のスタッフが患者様と接する場面で、院の方針をどう共有するか。
- 院内で実際にあった場面を、個人が特定されない形で、どう教材にするか。
これらは、病院ごとの体制や実情によって、答えが変わる部分です。
研修の内容が「院のルール」と結びついていて初めて、現場で使えるものになります。
まとめ
病院のカスハラ研修は、対象者ごとに内容を分けて組み立てるのが基本です。
現場職員向けには、判断基準と初期対応の型を伝えたうえで、ロールプレイに最も時間をかけます。
管理者向けには、発生時の判断と、被害を受けた職員への対応を中心に構成します。
そのうえで、院のルールと結びつけ、自院の実情に合わせて調整することが、研修を形だけで終わらせないための鍵になります。
自院ではどこから整えればよいか、迷われたときは、お気軽にご相談ください。
参考資料
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)


