「また、あの人が相談してきたのか」。
悪意はなくても、繰り返し相談してくるスタッフに対して、管理職がこうした感情を抱いてしまうことがあります。
その感情が、シフトの組み方や評価に、無意識のうちに影響してしまうことも起こり得ます。
今回は、カスハラの相談を理由とする不利益取扱いの禁止と、あわせて求められるプライバシー保護について整理します。
本記事は、社会保険労務士の立場から、公開されている行政資料等をもとに一般的な考え方を整理したものです。個別の対応の適否については、必要に応じて弁護士等の専門家にご確認ください。
「不利益取扱い」とは何か
改正労働施策総合推進法33条2項では、スタッフがカスハラに関して相談したこと、事業主が行う事実確認等に協力したこと、さらには都道府県労働局へ相談や紛争解決の援助を求めたこと等を理由に、解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないと定められています。
院内での相談だけでなく、外部の機関に相談する行為も、保護の対象に含まれる点は押さえておいてください。
「不利益な取扱い」には、解雇だけでなく、不当な配置転換、減給、退職の強要、評価上の不利益な取り扱いなども含まれます。
これは、パワハラ・セクハラ・マタハラ等、他のハラスメントについてもすでに義務付けられてきた内容と同じ枠組みです。
ただし、相談の時期と近いというだけで、あらゆる人事上の判断が制限されるわけではありません。
正当な業務上の理由に基づく配置転換や評価であれば、直ちに不利益取扱いに当たるわけではありません。
一方で、注意すべき点もあります。
相談の時期と、配置転換や評価等の時期が近接していることは、その対応が相談を理由として行われたものであると、事実上推認させる強力な要素になり得ます。
育児・介護休業等に関する裁判例でも、休業終了から数か月が経過していてもなお「時間的に近接している」と評価された例があります。
つまり、正当な理由があるつもりでも、時期が重なっていること自体が、後から説明を求められる材料になるということです。
人事上の判断を行う際は、その理由を記録に残しておくなど、時期の近接性を意識した備えをしておくことをお勧めします。
なぜ、わざわざ明文化する必要があるのか
「そんな露骨なことはしない」と思われるかもしれません。
しかし、明文化する意味は、実際に不利益な扱いをするかどうかだけではありません。
相談する側が「相談したら不利になるのではないか」という不安を抱かずに済むことそのものが重要です。
方針として明確に周知されていなければ、スタッフは相談をためらいます。
結果として、問題が深刻化してから発覚する、あるいは誰にも相談されないまま退職に至る、という事態を招きかねません。
プライバシー保護とセットで求められる措置
不利益取扱いの禁止は、相談者のプライバシー保護と、あわせて講じるべき措置として位置づけられています。
- 相談者のプライバシー保護に関する事項を、あらかじめマニュアルに定めておく
- 相談窓口の担当者に、プライバシー保護に関する研修を行う
- こうした保護の取り組みを行っていること自体を、社内報やホームページ等で周知する
「相談した内容が、誰にどこまで伝わるのか分からない」という不安も、相談をためらう理由の一つです。
プライバシーが守られる仕組みがあることを、あらかじめ周知しておくことが重要です。
具体的な配慮の例-相談内容を共有する範囲を絞る
相談者のプライバシー保護を具体的に運用するには、相談内容を共有する範囲を、対応に必要な最小限の管理職・担当者に限定することが基本になります。
院内のカンファレンス等で事例を共有する場合も、相談者本人が特定できる形で扱わず、抽象化した事例として扱うといった配慮が求められます。
「誰が相談したか、院内で噂になっている」という状態は、それ自体がプライバシー保護の不備であり、次に相談しようとするスタッフの意欲を削ぐことにもつながります。
「不利益取扱い」に当たり得る具体例
以前の記事で、被害を受けたスタッフへの対応を誤ると、組織側の責任が問われる判例を紹介しました。
ここで注意したいのは、悪意のある行為だけではありません。良かれと思った対応が、意図せず不利益取扱いとして受け止められてしまうケースです。
たとえば、次のような場面を想像してみてください。
カスハラ対応に追われている看護師を心配し、良かれと思って外来への異動を提案したところ、本人からは「相談したせいで、希望していない部署に異動させられた」と受け止められてしまった——。
これはあくまで想定される一例ですが、こうしたすれ違いは、十分に起こり得ます。
| ✕ NG対応(不利益取扱いになりやすい例) | ○ OK対応(適切な配慮の例) |
|---|---|
| クレームの多い患者様の担当から外す際、それが「配慮」ではなく「厄介者扱い」に見えるような伝え方をする | 本人の意向を丁寧にヒアリングした上で、一時的な担当・配置の調整を行い、その理由も説明する |
| 「また揉め事を起こすのでは」という理由で、重要な業務やシフトから外す | 通常の業務配分は維持しつつ、複数対応体制などでバックアップを厚くする |
| 評価面談で、相談したこと自体をやんわりと問題視するような発言をする | 相談・報告という行動そのものを、組織として前向きに評価する |
こうした対応は、たとえ悪意がなくても、不利益取扱いと評価される可能性があります。
管理職自身が、無意識の対応に注意を払う必要があります。
まとめ
不利益取扱いの禁止とプライバシー保護は、セットで機能して初めて意味を持ちます。
「相談しても大丈夫」という安心感を、制度と日々の対応の両方で作っていくことが、結果としてカスハラの早期発見・早期対応につながります。


