「そろそろカスハラ対策の準備をしましょう」とお伝えすると、人事担当の方から「お任せします」という言葉が返ってきました。
同じハラスメントでも、パワハラであれば、人事担当者自身が社内の人間関係の中で当事者性を持ちやすく、「自分たちの問題」として捉えやすいものです。
ところがカスハラは、日々患者様やご家族と直接やり取りするのは看護師やスタッフであり、人事担当者自身が矢面に立つ機会はほとんどありません。だからこそ「現場の話」として距離を感じてしまい、「(専門家に)任せる」という反応につながりやすいのだと思います。
しかし、この距離感こそが落とし穴でもあります。
現場の実態を知らないまま制度だけを整えても、実際には機能しません。
2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法により、2026年10月1日から、病院・クリニックを含むすべての事業主は、カスハラ防止措置を講じることが法律上の義務となります。
今回は、この法改正の要点と、医療機関として押さえておくべきポイントを整理します。
何が変わったのか-改正のポイント
改正労働施策総合推進法は、2025年6月4日に成立し、同月11日に公布されました。施行日は2026年10月1日です。
これまでも、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメント等については、防止措置が法律上の義務とされてきました。
今回の改正により、顧客・取引先等からのハラスメント(カスタマーハラスメント)についても、同様の防止措置義務が新たに定められました。
「カスハラ」の定義-3つの要素
改正法(労働施策総合推進法33条1項)では、次の3つをすべて満たすものが、防止措置の対象となる「カスタマーハラスメント」と整理されています。
- 顧客等の言動であること:患者様・ご家族等、事業に関係を有する者による言動
- 社会通念上許容される範囲を超えたものであること:業務の性質等に照らして相当性を欠く言動
- 労働者の就業環境が害されるものであること:スタッフが安心して働ける環境が損なわれる状態
この3つの要素は、次回の記事で詳しく取り上げる「正当な指摘とカスハラの境界線」を考えるうえでの、法律上の物差しにもなります。
事業主に求められる措置の中身
基本方針の明確化
カスハラを許容しないという事業所としての姿勢を明確にし、院内やホームページで周知することが求められます。
具体的な策定手順は、別の記事で詳しく取り上げます。
相談体制の整備
- スタッフからの相談に応じ、適切に対応するための窓口を設ける
- 相談したことを理由に、不利益な扱いをしないことを明確にする
窓口を作ること自体が目的ではありません。現場で実際に何が起きているかが、日常的に人事担当者の耳に届く仕組みを作ることに意味があります。
実効性のある対応
厚生労働省の指針では、対処の内容の例として、次のようなものが示されています。
- 可能な限りスタッフを一人で対応させないこと
- 十分な説明を尽くしたうえで、なお同じ要求が繰り返される場合には、時間の経過をもって対応を区切ること
- 暴行・傷害・脅迫など、犯罪に該当し得る言動については、警察へ通報すること
特に悪質なケースについては、行為者への警告文の発出や、施設への出入り禁止、裁判所への仮処分の申立てといった対応も、選択肢として示されています。
なお、この措置義務には罰則(刑事罰)は設けられていません。
ただし、対応状況によっては、報告徴求命令や助言・指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合には企業名が公表される仕組みになっています。
就業規則の改訂は必須か
厚生労働省の解説では、信用失墜行為や服務規律違反に対する既存の懲戒規定で対応が可能であれば、必ずしも就業規則にカスハラ独自の規定を新設する必要はないとされています。
ただし医療機関の場合、特有の留意点があります。
厚生労働省の指針でも、サービスの提供が途絶すると患者様の生命や心身の健康に重大な影響が及ぶ場合には、その点に留意して対応する必要があるとされています。
応召義務との関係整理を含め、一般的な服務規律だけではカバーしきれない独自の論点は、別の記事で改めて取り上げます。
まとめ
「任せます」と言いたくなる気持ちは、自然なことだと思います。
ですが、2026年10月の施行日まで、それほど時間があるわけではありません。
この法改正を、現場の実態に耳を傾ける機会と捉え、相談体制の整備と、対応の実効性を確保する仕組みづくりを、今のうちに一通り点検しておくことをお勧めします。


